のぼりは、平和的なイメージのものではなかった
のぼりで思い出す歴史上の人物というと人それぞれ思い浮かべる人が違うと思いますから、さまざまな人物が出てくることだと思います。
たいていの人は、歴史上特に多くの旗が使われていた戦国時代の人物を思い浮かべるのではないかと思われます。
そのように書いている私もそのように思って、のぼり旗で思い出すのはどの戦国武将かとしばし思案して、思い浮かんだのは、武田信玄という戦国武将のことです。
大河ドラマにもなって全国的にはかなりの知名度を誇る武田信玄は、戦場にもっていくのぼり旗の文字を、古代中国の兵法家である孫子のことばである風林火山の文字にして、戦場での士気を高めることに成功したといわれています。
白文字や黄文字、赤文字などで書かれていたりして、色のバリエーションは多く、現在でもかなりの人気を誇っていまして、旗を販売しているインターネットショップにおいても、ところどころで売り切れがあるなど、息の長い人気に驚かされます。
武田信玄が活躍していた当時の戦国時代においては、のぼり旗というのは敵味方を識別するためにも重要な役割を果たしていたツールでしたから、平和的なイメージのものではないわけです。
それでも、現在では宣伝目的や集客ツールとして平和的に利用されているのですから、平和な時代に心から感謝している次第です。
のぼりのルーツは、戦国時代などにさかのぼる
幟で思い出す歴史上の人物は、戦国武将たちです。
戦国武将といっても私はあまり詳しくないので、誰か一人を限定することはできません。
有名な戦国武将たち、何人かを同時に思い浮かべました。
なぜ、戦国武将たちの姿を思い浮かべたのかというと、のぼりはそもそも闘いの場で使用されていたものだったからです。
現代では全くそんな印象を持つことはできませんが、ルーツとしては戦国時代などにさかのぼるそうです。
以前、ちょっとした機会にそんなことを調べたことがあったので、知ることができました。
どんなふうにして使ったのかというと、敵と味方のそれぞれの旗のような感じで掲げていたものだったようです。
武田信玄の風林火山という四字熟語が有名ですが、こちらものぼりに書かれていたということで知ることができます。
このような感じで戦国時代に使われていたそうです。
その印象が強いことから、なぜ、現代は宣伝物としてのぼり旗が使われるようになったのか、私はちょっと不思議に思っています。
また、いつぐらいから、こんなふうにして使われるようになったのかも知りたくなりました。
今は商品などの宣伝用として使われることが多く、とても戦国時代とは結びつかないものとなっています。